鴨川奇譚 第四話
土曜日の午後9時、俺とソノコは京都市内の旅館にいた。朝一の新幹線で京都に来て、一日観光。明日も少し観光をして、夕方の新幹線で帰る。そういうプランを立ててある。
「少し散歩でもしよう」
ソノコを連れて外へ出る。明るく振舞ってはいるが、行きの車内からずっと何かを気にしていることは気付いていた。『途中で降りれば、家に戻れる。』きっとそれを考えていたのだろう。俺は気付かないふりをしていた。せめて今だけは、何も考えずにいて欲しい。
鴨川には、噂に聞くように恋人たちが集っていた。川辺に並んだ彼らを橋の上から眺める。
「暑い…」
「水辺はだいぶ過ごしやすいよ」
「だな」
橋を渡り川を越え対岸に渡る。どこから見ても恋人たちは大勢いて、川の流れは穏やかだった。
「ありがとね」
「ん?何か言った?」
「ううん。なんでもないよ」
それから来たときとは違う橋を渡り、コンビニに立ち寄ってから旅館に戻ることにした。
「ソノコ」
ふと振り向くと、そこに白いワンピースは見当たらなかった。
フロントに聞いてみても怪訝そうな顔をされた。
「お一人様でのご宿泊だと伺っておりますが」
当然のように1人分しか用意されていない朝食を食べ、1人で町へ出た。
予定していた寺社を巡り、最後にたどり着いたのは、有名人が多々訪れている神社。
参拝を済ませて鳥居をくぐろうとした時、声が聞こえた。
「彼女は無事に成仏できたようだ。若いのよ、優しすぎるのも考え物にある。この世のものではないものに幻を見せられてしまうからのぉ」
振り向いたがそこには誰もいなかった。
「ソノコ…?」
その名が口をついて出た。
…ソノコって誰のことだろう。そんな知り合いいたっけな。
そもそもどうして突然そんな名前が浮かんだんだろう。
解せない気分のまま、俺は京都を出発した。
(完) 橋のたもと