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誰よりも純粋で、残酷な君に

ちりーん
ちりーん

鈴の音がする。
だんだんと、近づいてくる。
濁りのない音。まるで、汚れを知らない無垢な子供のように。

ちりーん

また一歩。

ちりーん

また一歩。

ちりん

鈴の音が止み、音もなく扉が開いた。

「すばるー。起きなさいよー」
母親の声で目が覚めた。またあの夢だ。いつ頃からだろうか、週に3,4回は見ている夢。
鈴の音が近づいてきて、扉が開く。そして、扉の向こう側を見る前に目が覚める。幼い頃の記憶なのか、何かの暗示なのか。自分の深層心理など、自分でも分からない。
ばさり
起き上がると枕元の本がベッドから落ちた。
「っと」
腕を伸ばし、それを拾い上げる。
『夢野久作』
「これのせい、かな」
夢の内容は、寝る前に読んだ本の内容に影響を受けやすいと聞いたことがある。もっとも、あまり内容に関係があるとは思えないけれど。
「すばるー」
母親が呼んでいる。とりあえず起きなければ。

ちゃりん
ちゃりん
ちゃりん

金属音が聞こえる。
鈴の音ではない音が。

一歩ずつ

ちゃりん

一歩ずつ

ちゃりん

こちらに近づいてくる

誰だろう。鈴の音じゃない。何の音だろう。金属同士がぶつかり合う音。
そう、鍵束のような。
ここは、どこ?

「すばるー」
目が覚めた。
昨日とは違う夢を見た。鍵束の音。

ずきん

頭が痛い。

ずきん

知ってるはずだ。

ずきん

あの音を。

ずきん

思い出せ。

ずきん

思い出せ。

ずきん

あれはいつだった?
あれはどこだった?

ちゃりん
ちりーん
ちゃりん

ちりーん
ちゃりん
ちゃりん

ちゃりりん
ちりん
ちりーん

紅茶の入ったマグカップ
カエルのスポンジ
缶に入ったドロップ

ここを知っている。
とても、よく。

目が覚めた。

行かなきゃ。あの場所へ。
今すぐに。
思い出さなきゃ、全てを。

「ちょっと、どこ行くのよ」
「大学」
「大学って、あんた、まだ治ってないじゃない」
「今すぐ行かなきゃならないのっ」
母親の制止を振り切り、家を出た。
下宿からは自転車で15分の距離だが、ここから大学までは、電車とバスを乗り継ぎ2時間弱。もどかしさと焦りばかりが募る。

バスを降り、正門を駆け抜ける。自動ドアをすり抜け、エレベータに飛び乗った。1ヶ月間寝てばかりいた身体は、すでに悲鳴を上げている。

「はぁ、はぁっ」
部屋に着いたときは、すっかり息が上がっていた。すがるようにしてドアを開ける。

「すばるっ!?」
「もう大丈夫なのか?」
ここじゃない。ここにはいない。
「ちょっと、すばるっ」
部屋を飛び出し階段を駆け下りる。
廊下の突き当たり、右側の部屋。

「やっと復活?」
「おかげさまでね。言わなきゃいけないことがあると思って」
「あら、何かしら?」
悠里は首を傾げてみせる。

「君がやったんだね」


ちりん

鈴の音がする。
どうして忘れていたんだろう。 

「何のこと?」
「君が、突き落としたんだね」

悠里は何を言わずに、首をかしげたままで微笑んだ。

「だって、貴方が悪いのよ?」

ちゃらん

鍵束の音がした。

手すりを掴もうとした手が空を切る。
一瞬見えたのは、踊場のミュール。

「だって、どうしたって私のことを見てくれないんだもの。突き落としたくもなるわ」
「随分な言い訳だな」
「あら、ご存じなくて?」
「知ってるよ。ついさっきまで忘れてたけどな」

うふふふふ

悠里が笑う。
つられて俺も笑う。

「ねえ、昴」
「何だ」
「本当にあたしが突き落としたと思ってるの?」
「あぁ。自分でもそう言ったじゃないか。安心しろ。訴えるつもりはない」
「ひどいのね」
「どっちが」

「貴方、自分で落ちたのよ?」

「なっ、そんなこと」
「あの日、あたしの告白を受けた貴方は返事もせずに戻っていった。慌てて追いかけたけど、貴方は丁度階段を下りるところだったわ。あぁ、そうね。貴方は知らないでしょうけど、あの日階段にワックスをかけたの。それで、貴方が足を滑らせたのが見えた。助けようと思ったけれど、間に合わなかったのよ」

あの日、階段をおりようとしてバランスを崩してそのまま・・・。

「俺は、自分で、落ちたのか?」
「だからさっきからそう言ってるわ」
「話はそれだけかしら?誤解が解けたなら作業の続きをしたいんだけど」
そう言って悠里は背後のテーブルを見る。
実験器具の横に鍵が置いてある。ロッカー、デスク、自転車。それらをひとまとめにして、これでもかというくらいにアクセサリが付けてある。

「ユーリ」
「まだ何か?」
「返事、まだしてないから」
「あまり聞きたくないわね」

「ごめん。疑ったりして」
「別にいいわ。気にしてないもの」
「それから」

無意識に一呼吸置いていた。

「気持ちは嬉しいよ。それはありがたく受け取っておく」
「思ってたほど悪くはない返事だわ」
「それじゃ」

悠里に向かって敬礼をする。

ちりん

俺が動くと、また鈴の音がする。
無言で微笑んだ悠里も敬礼をする。

ちゃりん

どこからか鍵束の音が聞こえた気がした。

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コメント

久しぶりのちょっと長めのお話ですね♪
どきどきしながら読んでましたw

鈴の音が物語とどんな関係なのかわからなかった。。勉強不足?

この後どんな結末になるのか気になります(>_<) どきどき

続きませんw

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