« 2008年9月 3日 | メイン | 2008年9月 8日 »

2008年9月 5日

海月

頭の中かで声がする。
「殺せ」
ずっと、ずっと、声がする。
「殺せ殺せ殺せ」
途切れることなく、ずっと。

目が覚めると、天井が見えた。
まだ声が聞こえる気がする。手でぬぐうと泣いていることに気がついた。
半身を起こしてスイッチを切り替える。
感情は、必要ない。
生きていくうえで必要ない。
枷にしかならない。
だから、感情を殺す。
おそらく私は、人間に向いていないんだろう。
あるいは、生きていくことそのものに向いていない。
どちらにしても同じことだ。結果に変化があるわけじゃない。

欠陥品

自分のことを表現するのにここまで適当な言葉もないと思う。
ここまでくると、欠陥品も芸術だと思えてくるから不思議だ。

「くらげになりたい」

なんとなく、口をついて出た言葉がこれだ。
壁に目をやると、何もいない水槽が目に入る。
3ヶ月前まではくらげがいた。
けれども、くらげは死んでしまった。
死んだくらげは、水に溶けてなくなってしまった。
だから、水槽の中には、何もいない。
何もいない水槽の中で、水だけが循環している。

「さみしいな」

いつだったか、くらげの話をきいた誰かがつぶやいた。
もう少し、人間を続けてみよう。

For a finale 第2版

無機質で、音のない廊下。
それはまるで、病院のようで、病院通いをしていた幼いころの記憶を、無理やりに引っ張り出してきた。
ほとんどが誰かを見舞うためだったと思う。決して楽しい記憶ではない。
私は、ある企業の病院のような廊下のある研究施設を訪れていて、半日ほど前に、弔いをしたばかりだった。
たった3ヶ月の命しかなかったものの。
生まれてから、一度も日の目を見ることさえなかった小さな恋心の。


恋なんてものは、往々にしてとても唐突に生まれるものだ。
こちらの準備ができているかどうかなんてお構いなしに、突然。
そして、勝手に生まれてきておきながら、こちらの準備不足を責めるのだ。
準備不足だけじゃない、その不幸な生い立ちさえも責め立ててくる。
だから、恋が生まれるときというのは、がさつで、どろどろとした、品格に欠いたものとなる。
場合によっては、生まれてきたことを、生まれてきた瞬間から後悔され、表に出ることを禁じられ、ずっと、薄暗い部屋の隅に追いやられる羽目になる。
けれども、それが終わるときというのは、薄々ながらも予感がする。
だから、こちらとしても、丁重な弔いをするための準備ができるのだ。
それが、どれくらい生きたかは問題ではない。
どんな風に、生きたかも、問題にはならない。
ただ、優雅に、幕を降ろせるような、準備をするのだ。
取り乱すなど、無様な真似を、決してしてはいけない。
あくまでも優雅に、余裕を持った、毅然とした態度で臨む必要があるのだ。
だから、予感がしてから、一月もかけて準備をした。
何度もシミュレーションして、確認した。
どこにも落ち度はなく、完璧な準備ができた。

けれども、見るも無残な、残骸だけが残った。
今回の弔いは、埋葬というよりは、生き埋めに近かった。
まだ息のあるものを、そのまま土に還そうとしたのだ。
失敗だった。
計画は、完璧なはずだった。
ただ一点を除いて。
生きたまま埋められるものが、素直に従うはずがない。
暴れて、散々抵抗して、お互いに疲弊して、それは終わった。
それが最後に言い残した言葉が、やりきれない後味の悪さを残した。

「大丈夫ですか?」
説明をしていた研究員が私の顔を覗き込んでいた。
「なにやらぼんやりとされていましたが」
「大丈夫です。何でもありませんから。続けてください」
「そうですか。では」
説明を続ける研究員に気づかれないよう、そっと胸に手を当てる。
そこには、一度も日の目を見ることのかなわなかった恋が、埋まっている。