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For a finale 第2版

無機質で、音のない廊下。
それはまるで、病院のようで、病院通いをしていた幼いころの記憶を、無理やりに引っ張り出してきた。
ほとんどが誰かを見舞うためだったと思う。決して楽しい記憶ではない。
私は、ある企業の病院のような廊下のある研究施設を訪れていて、半日ほど前に、弔いをしたばかりだった。
たった3ヶ月の命しかなかったものの。
生まれてから、一度も日の目を見ることさえなかった小さな恋心の。


恋なんてものは、往々にしてとても唐突に生まれるものだ。
こちらの準備ができているかどうかなんてお構いなしに、突然。
そして、勝手に生まれてきておきながら、こちらの準備不足を責めるのだ。
準備不足だけじゃない、その不幸な生い立ちさえも責め立ててくる。
だから、恋が生まれるときというのは、がさつで、どろどろとした、品格に欠いたものとなる。
場合によっては、生まれてきたことを、生まれてきた瞬間から後悔され、表に出ることを禁じられ、ずっと、薄暗い部屋の隅に追いやられる羽目になる。
けれども、それが終わるときというのは、薄々ながらも予感がする。
だから、こちらとしても、丁重な弔いをするための準備ができるのだ。
それが、どれくらい生きたかは問題ではない。
どんな風に、生きたかも、問題にはならない。
ただ、優雅に、幕を降ろせるような、準備をするのだ。
取り乱すなど、無様な真似を、決してしてはいけない。
あくまでも優雅に、余裕を持った、毅然とした態度で臨む必要があるのだ。
だから、予感がしてから、一月もかけて準備をした。
何度もシミュレーションして、確認した。
どこにも落ち度はなく、完璧な準備ができた。

けれども、見るも無残な、残骸だけが残った。
今回の弔いは、埋葬というよりは、生き埋めに近かった。
まだ息のあるものを、そのまま土に還そうとしたのだ。
失敗だった。
計画は、完璧なはずだった。
ただ一点を除いて。
生きたまま埋められるものが、素直に従うはずがない。
暴れて、散々抵抗して、お互いに疲弊して、それは終わった。
それが最後に言い残した言葉が、やりきれない後味の悪さを残した。

「大丈夫ですか?」
説明をしていた研究員が私の顔を覗き込んでいた。
「なにやらぼんやりとされていましたが」
「大丈夫です。何でもありませんから。続けてください」
「そうですか。では」
説明を続ける研究員に気づかれないよう、そっと胸に手を当てる。
そこには、一度も日の目を見ることのかなわなかった恋が、埋まっている。

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