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ある少年の話。

彼には、父親という存在がなかった。
物心ついたときには、というよりむしろ、最初から。
周りの大人たちは、誰も彼に父親の話をしなかった。
どんな人だったのか。
まるで、そのことについて触れるのがタブーのように。

けれども彼は、それを不幸だと思ったことはなかった。
彼には、母親がいたから。
そして、彼を育ててくれる祖父母もいた。
だから彼は幸せだった。
たとえ、母親と滅多に会うことができなくても。
あったとしても、まともな会話ができなかったとしても。
祖父が酔ったときに話すことが、彼にとって、自分の母親のすべてだった。
彼の母は、若いときに恋をした。
叶うことのない恋だった。
駆け落ち同然に家を出て、数週間後、母親は発見されたらしい。
そして、彼女の時間は、そこで止まっている。
否、まったく止まっているわけではない。
時折動いては、またそこに戻ってしまうだけだ。
そして、真偽のほどは分からなかったが、彼には兄弟がいるらしい。
性別は分からない。
けれども、幼い彼にとって、それは希望だった。

後に成長した彼は、自分の“兄弟”と出会い、自分の進むべき道を決めた。
母親と、“兄弟”のことを思い、彼は医者になることにした。

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