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白猫の見た夢

その猫は、ずいぶんと長く生きた猫だった。
正確には、何度も生まれ変わって、そのたびに猫として生きて、そして、その記憶を持ち続けている猫だった。
どれくらい生きたのかはよく覚えていない。
名前も持たなかった。
過去には名前があった気がするが、それも覚えていない。
そして、今、命の終焉を迎えようとしている。

その白猫は、畳の床に引かれたマットの上で目を覚ました。
「あら、目が覚めたの?」
声が聞こえて、足音が聞こえて、影がかぶさってきた。
逆光で顔は見えない。けれど、和服を着た女性だということは分かった。沓脱石で草履をぬぎ、縁側から室内に入ってくる。
「食べられるかしら?」
女性はそう言って皿を置いた。小魚の焼いたもののようだった。
「安心して。毒なんて入ってないから」
恐る恐る顔を近づけたら彼女はそう言った。
「野良、かしらね。まだ仔猫よねぇ。ねえ、あなたさえ良ければ、うちで飼ってあげましょうか」

こうして白猫は彼女の猫になった。
女性と暮らしだしてから、どれくらい経った頃だろう。数ヶ月か、数年か、数十年か。
白猫は、取り返しのつかない失敗を、した。
女性は、黙って唇を引き結んだきり、しゃべらなかった。
白猫に手を上げることもしなかった。
ただ、静かに涙を流していた。
白猫は、どうすることもできなかった。
半時ほど経って、女性が口を開いた。
「ねえ、悪いことしたと思ってる?あなたが人間だったら、土下座して謝ったりするのかしら。けど、それって自己満足にしかならないと思わない?どれだけ謝っても、時は戻らないのよ」
それだけ一息に言うと、女性は白猫を、見た。
「ねえ、反省しているのなら、悪いと思ってるのなら、形で示してよ」
そう言って、女性は白猫を抱き上げた。
「申し訳ないと思うんだったら、妾に絶対の服従を誓いなさい。妾の忠実な僕となり、捧げなさい、その身も、その心も」
女性は白猫の顔を覗き込んだ。
「妾がこれまであなたにしてきた恩を忘れていないのならば、妾に忠誠を誓いなさい」
それだけ言って、女性は立ち上がり白猫を下ろした。白猫が出て行くならそれでいい。残るなら、それは、女性に一生の忠誠を誓うことになる。
白猫は、庭と、女性を、見比べた。
そして

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