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鶏のねぐら 後編

「どういう風の吹き回し?」
カウンターのスツールで訊く。これまで何度誘っても断られたのに、2年も経ってから誘われるとは驚きだ。
「ん?なんとなく。ほら、ほかのメンツにはこないだ会ったから、どうしてるのかなーって思い出して」
思い出してだって。思い切り忘れられてるじゃないのよ。頭の中に高嗤いが響く。
「ふぅん。つまらないの。ね、みんなはどうしてるの?元気?」
グラスの中の氷が溶けて音を立てる。薄まってきたカクテルを一口含む。
「相変わらずだな。そうそうこの前さあ・・・」
淑女ぶってカクテルなんて飲んじゃってさぁ。いい加減に彼の顔まともに見てみたら?それとも自分の顔を鏡に映すのが先かしら?大丈夫なの?そんなペースで。喚き声が続く。
「どした?ボーっとして。あれ、それ、嫌い?」
「え、あ、うん。なんでもないよ。苦手だって前に言わなかった?」
「あれ?好物だと思ってた。誰と勘違いしてるんだろ」
「うわ、ひどくない?それ」
空元気も大概にしておきなさいよ。と言うより寧ろ、すっかり過去の人扱いされてるわね。
少し黙っててよ。
「ね、彼女くらいできた?」
「うんにゃ。いるなら今日誘ってないし」
「だよねー」
あなた彼氏のいる身分でよくのこのこ来たわね。完全になめられてない?少しは冷静になりなさいよ。
キコエナイキコエナイ。ナンニモキコエナイ。
「時間大丈夫?そろそろ出る?」
「あ、ほんとだ。そろそろ帰らないと」
「改札まで送るよ。オトコのギム」
「ありがとう」
義務で送られるってどうなの?本当に冷静になりなさいよ?ねえちょっと?
その減らず口を閉じな。
「今日はありがとう。ここで良いわ」
「ん。それじゃ、また」
「またね。おやすみなさい」
手を振って改札を抜ける。後ろは振り返らない。今日こそは、振り返らない。
「ねえ」
「あら、なあに?」
「私が惚れたのは、本当に彼だったの?」
電光掲示板を見上げる。
「もう、充分でしょう?」
「何が?未練なんてとっくにないよ」
「鶏みたいにねぐらに帰ってくるわよ」
次の次の列車に乗らなきゃ。
「だから何が?」
「恋とは呪いだって言ったのはあなたでしょう?これ以上は惨めなだけよ」
「別に呪ってなんて・・・」
「人を呪わば穴二つ。呪いは鶏みたいにねぐらに帰る。もう、忘れなさいよ」
スカートの裾がはためく。ホームに列車が入ってくる。

ホームにも、乗り込んだ車両にも、『幻』はもういない。

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