対運命反抗期 against one's own fate
最初はほんの出来心だったといっても過言じゃない。
元からたいした意味なんてなかった。
ただ、このまま流され続けることに嫌気が差して。
少しだけ、流れに逆らってみようと思った。
たったそれだけのこと。
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最初はほんの出来心だったといっても過言じゃない。
元からたいした意味なんてなかった。
ただ、このまま流され続けることに嫌気が差して。
少しだけ、流れに逆らってみようと思った。
たったそれだけのこと。
『story』が増えてきたので、『short short story』と『short long story』をサブカテゴリに追加しました。
それ以外は、続き物や、結構長い奴です。
といっても、私のは基本的に短いので、相対的な問題ですがw
「どうしてお化粧するの?」
幼い頃、母に尋ねたことがある。
「それはね」
母は、にっこりと笑った。
「お化粧すると、悲しいこともつらいことも、みーんな忘れられるからよ」
当時は、まだ幼すぎて、言葉の真意を理解することはできなかったけれど、今なら分かる気がする。
母は、父の正妻ではなかった。
つまり私は、世間で言うところのお妾さんの子どもと言うことになる。
父親がいないと言うこと以外、平凡な家庭で育ったと自分では思っている。
別段、貧しくも豊かでもない生活をしていたと思う。母が夜遅くまであくせく働いていたとか、水商売をしていたとか、学校から帰るとテーブルの上に手紙とラップをかけた夕飯がおいてあるとか、そんなことはなかった。学校も高校まで公立だったし、短大も、歴史だけが取り柄のような平凡なところだった。
けれども、母は私が義務教育を終了するまでパートにすら出たことがなかった。
つまり、父からそれなりの援助をもらっていたと言うことだろう。
そうでなければ、母はもっと必死になって働かなければならなかっただろうから。
子どもを育てると言うことは、意外とお金がかかるものなのだ。
あの頃の母と、同じ歳になった私は今、涙でにじんだアイラインを直し、マスカラを塗り直している。口紅を引き直すと、鏡に向かって微笑んだ。
「もう、大丈夫」
私は化粧ポーチを鞄にしまうと、テーブルへと戻った。
妻子のある彼との、別れ話を再開するために。
頭の中かで声がする。
「殺せ」
ずっと、ずっと、声がする。
「殺せ殺せ殺せ」
途切れることなく、ずっと。
目が覚めると、天井が見えた。
まだ声が聞こえる気がする。手でぬぐうと泣いていることに気がついた。
半身を起こしてスイッチを切り替える。
感情は、必要ない。
生きていくうえで必要ない。
枷にしかならない。
だから、感情を殺す。
おそらく私は、人間に向いていないんだろう。
あるいは、生きていくことそのものに向いていない。
どちらにしても同じことだ。結果に変化があるわけじゃない。
欠陥品
自分のことを表現するのにここまで適当な言葉もないと思う。
ここまでくると、欠陥品も芸術だと思えてくるから不思議だ。
「くらげになりたい」
なんとなく、口をついて出た言葉がこれだ。
壁に目をやると、何もいない水槽が目に入る。
3ヶ月前まではくらげがいた。
けれども、くらげは死んでしまった。
死んだくらげは、水に溶けてなくなってしまった。
だから、水槽の中には、何もいない。
何もいない水槽の中で、水だけが循環している。
「さみしいな」
いつだったか、くらげの話をきいた誰かがつぶやいた。
もう少し、人間を続けてみよう。
無機質で、音のない廊下。
それはまるで、病院のようで、病院通いをしていた幼いころの記憶を、無理やりに引っ張り出してきた。
ほとんどが誰かを見舞うためだったと思う。決して楽しい記憶ではない。
私は、ある企業の病院のような廊下のある研究施設を訪れていて、半日ほど前に、弔いをしたばかりだった。
たった3ヶ月の命しかなかったものの。
生まれてから、一度も日の目を見ることさえなかった小さな恋心の。
恋なんてものは、往々にしてとても唐突に生まれるものだ。
こちらの準備ができているかどうかなんてお構いなしに、突然。
そして、勝手に生まれてきておきながら、こちらの準備不足を責めるのだ。
準備不足だけじゃない、その不幸な生い立ちさえも責め立ててくる。
だから、恋が生まれるときというのは、がさつで、どろどろとした、品格に欠いたものとなる。
場合によっては、生まれてきたことを、生まれてきた瞬間から後悔され、表に出ることを禁じられ、ずっと、薄暗い部屋の隅に追いやられる羽目になる。
けれども、それが終わるときというのは、薄々ながらも予感がする。
だから、こちらとしても、丁重な弔いをするための準備ができるのだ。
それが、どれくらい生きたかは問題ではない。
どんな風に、生きたかも、問題にはならない。
ただ、優雅に、幕を降ろせるような、準備をするのだ。
取り乱すなど、無様な真似を、決してしてはいけない。
あくまでも優雅に、余裕を持った、毅然とした態度で臨む必要があるのだ。
だから、予感がしてから、一月もかけて準備をした。
何度もシミュレーションして、確認した。
どこにも落ち度はなく、完璧な準備ができた。
けれども、見るも無残な、残骸だけが残った。
今回の弔いは、埋葬というよりは、生き埋めに近かった。
まだ息のあるものを、そのまま土に還そうとしたのだ。
失敗だった。
計画は、完璧なはずだった。
ただ一点を除いて。
生きたまま埋められるものが、素直に従うはずがない。
暴れて、散々抵抗して、お互いに疲弊して、それは終わった。
それが最後に言い残した言葉が、やりきれない後味の悪さを残した。
「大丈夫ですか?」
説明をしていた研究員が私の顔を覗き込んでいた。
「なにやらぼんやりとされていましたが」
「大丈夫です。何でもありませんから。続けてください」
「そうですか。では」
説明を続ける研究員に気づかれないよう、そっと胸に手を当てる。
そこには、一度も日の目を見ることのかなわなかった恋が、埋まっている。
真っ暗なステージの上
一筋のスポットライト
うつむいた青年の姿
これから始まる目くるめくステージ
青年は顔を上げ、観客を見渡した。
右腕を広げ、それを体の前に。
膝を折る挨拶をした後、顔を上げた青年からは迷いが消えていた。
「皆さんはじめまして、こんばんわ。僕の名前は・・・どうでもいいことです。それより僕の話を聞いてください」
彼女との出会いは、まだ僕らが学生だったころ。ありたきりな話だけれど、同じサークルの仲間でした。それでまぁ、ありたきりな付き合い、休日には出かけて、一緒に食堂で昼飯を食べて。そんな付き合いが2年半ほど続きました。
ここで、青年は話を止めた。
客席を見回すと、話を再開した。
2年半ほど続いた付き合いはある日突然、本当に唐突に終わりを迎えました。
理由は・・・本当にありたきりですが彼女に、僕のほかに好きな人ができたからです。しかも相手は、僕の親友でした。
搾り出すような声でそれだけ言うと、青年はうつむいた。そして、うつむいたまま話を続けた。
最初から、すべては仕組まれていたんです。彼女は、僕ではなくて、僕の親友に興味があった。彼に近づくために僕と付き合った。そのほうがいろいろと都合がよかったのでしょう。僕は利用された。利用された挙句捨てられたんです。
青年はポケットから何かを取り出した。スポットライトを鋭く反射したそれを一瞥すると、ためらうことなく自身ののどをかき切った。鮮血が飛ぶ。真っ赤に。夕焼けに染まった空のように。
終わってしまえば、ずいぶんとあっけない。
予兆は春と引き換えに
始まりは雨とともに
そして
秋の気配が来て、去った
始まりと同じくらい唐突に
しかし、始まりよりも優雅に
ゆっくりと幕は降りる