鴨川奇譚 第三話
それからソノコは、当たり前のように生活を始めた。
朝起きて2人分の朝食を用意し、洗濯をする。俺は仕事に行き、帰ると夕食とソノコが待っている。絵に描いたような、むしろママゴトみたいな新婚生活と表現するのがぴったり来る生活。
しばらくすると、ソノコは仕事を始めた。近所のスーパーの食品レジ。みんな親切で楽しい、と言っている。
「わすれもーのはないーかとーよかぜがーむねをたたーくたびー」
ソノコはずっと台所に篭って鼻歌を歌っている。何でも、餃子を皮から作るそうだ。朝から張り切っている。
そういえば、こんなに楽しそうなソノコを見たのはこれが初めてかもしれない。これまでは、ただ近くにいるだけでまともに向き合っていなかった気がする。
「ソノコ」
「ん?」
テーブルに皿を並べていた手を止め、こちらを見る。
「今度の休み、どこか遠出するか?どこ行きたい?」
「どこがいいかなー」
「京都か?」
ソノコがきょとんとした顔をする。俺は慌てて続けた。
「ほら、いつも歌ってるあの歌。京都の歌だろ?かーもがわーにゆこーうって」
「…あ、うん。京都がいい。京都行こう」
それだけ一息に言うと、ソノコは笑った。花が咲くような笑顔だった。