June 2011

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山椒魚

神様は残酷で、時に信じられないくらい残忍な仕打ちをする。
もっとも、そんなことは昔から分かりきったことで、間抜けた両生類が穴から出られなくなることなど日常茶飯事に違いない。

隣に引っ越してきた男が、初恋の人に似てた。
顔が、というわけではない。
雰囲気、しぐさ、話し方。
あの人を思い出さずにはいられない何かがあった。
過去に追いすがるような恋愛はしないと決めた、次の日のこと。
神様だけじゃない、時の流れも残酷だ。
忘れたい出来事ばかりを残して流れていく。

引越しの挨拶に、タオルをもらった。
そういえば、あの人の誕生日プレゼントに、タオルをプレゼントしたことがあったっけ。

ベランダで鼻歌を歌ってた。
あの人も好きだったあの歌だ。

近所のコンビニで見かけた。
あのお菓子、あの人がいつも食べてたっけ。

彼を見かけるたびに、あの人のことを思い出す。
今はどうしているのだろう。
どこに住んでいるのだろう。
恋人はできたのだろうか。
今でも納豆は嫌いなのだろうか。
今でも右手で使えるのは鋏だけだろうか。
取り留めのない記憶ばかりが溢れてくる。

「コトハさん」
「ん?何?」
「コトハさんって、僕のこと避けてます?」
「・・・。どうして?」
「いえ、なんとなくですけど」
終電が去ったホームで偶然、彼に会った。
人影もまだらな道を、並んで歩く。お互い、話す言葉が見つからないまま。
それぞれの玄関の扉の前で、唐突に彼が口を開いた。
「避けてなんてないよ」
避けてるつもりは、なかった。ただ、生活時間を少しずらしただけ。
「よかった」
そう言って、彼、羽佐間くんは笑った。どことなくあの人に似た笑顔で。

その日を境に、羽佐間くんと話す機会が増えた。
ときどき、一緒にお茶を飲むようになった。
たまに、一緒に食事をするようになった。
だんだんと、その頻度が上がり、いつの間にか、互いの部屋を行き来するようになっていた。

「ねぇ、まだ、起きてる?」
「あぁ。起きてるよ」
「ほんとはね、羽佐間くんのこと避けてたんだ」
彼の背中にしがみつく。
「ん。あぁ。やっぱり」
「好きになっちゃうと困ると思ったから」
「俺が?」
「私が」
「…」
返事の代わりに寝息が聞こえた。

彼と出会って3年が経った。お互い、引っ越さずに同じ部屋に住んでいる。
二人とも、この場所に囚われているのだ。
そう、まるで、間抜けた両生類のように。

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